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2014年10月28日 (火)

旅の記録スライドショーづくりに悪戦苦闘

台湾旅行の思い出アルバムをデジブックとスライドショーDVDで作るために、写真の整理を始めている。

40年前との比較も取りこみたいと40年前の写真アルバムを引っ張り出して「同じような所の写真」を集めた。 これらの写真はすっかりセピア色に色あせて時の経過を感じさせるものになっていた。 スキャナーの「退色復元」機能を使うとある程度元の色が出てきてホッとした。

膨大な数の中から使う写真を選び出し、古い写真と組み合わせてスライドショーに仕上げるのは大仕事である。 さて、いつになったら完成できることやら???

2014年10月26日 (日)

休む間もなく撮影会

昨日・今日と一泊でクラブの撮影会で岩手に出掛けた。
花巻、松川、八幡平、久慈市平庭高原とまわり、滝と紅葉、闘牛の撮影に取り組んだ。
平庭闘牛では、沖縄からエイサーのグループによる震災見舞いと復興支援のための特別演技披露があった。思いがけないものを見られて得をした気分になった。

二日間とも雲一つない秋空に恵まれて良い撮影会だった。
とは言え、台湾から帰って中一日の泊り撮影会はちょっときつかった。
明日の午後は写真教室もあり、宿題もこなさなければならない。
明日の午前中に何とかやっつけよう。

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2014年10月24日 (金)

出発の日の朝のこと

台湾を去る日の朝、6時過ぎに近くの公園に向かった。

 

先に書いたが、毎朝気功体操をしているお年寄りグループと親しくなり2日間仲間に入れてもらっていた。 その後他の公園の様子を見に行ったり朝寝坊をしたりで参加できないままで最終日の朝を迎えた。 このまま挨拶もせずに帰国するのは申し訳ない気がして、体操の邪魔をしないようにと「今日帰国することと謝意を拙い中国語で記した簡単なメモ」を準備して公園に向かったら、小生を見つけた人たちが「来た、来た!」とささやき合っているように見えた。無断欠席を気にかけていてくれたようである。そっとメモを置いて帰るつもりでいたが、おいでおいでの手間招きに負けて2~3分一緒に体操をして折を見てリーダーにメモを渡したら、リーダーがみんなを集めてメモを読んでくれた。

 

「こんどいつ来るの?」「体に気を付けて」と声を掛けられ何となくウルウル。 みんなと握手を済ませて体操の邪魔をしないように(後ろ髪を惹かれながら)早々にその場を去った。

 

孔子廟の一件と言い、台湾はなんと親日的な所なんだろう。

 

民間外交も捨てたものではない。 どこの国とも仲よくしたいものである。

2014年10月23日 (木)

孔子廟で軍歌を歌う

今日も思いっ切り歩いてしまった。
9時半に出発して中正記念堂(蒋介石記念館)へ。 昨日は中華民国の父・孫文に挨拶したので今日は総統に挨拶をしてきた訳である。
その後「孔子廟」と「保安宮」にお参り。
孔子廟を拝観しているとどこからかハーモニカに乗せた日本の歌が聞こえてきた。よく見ると80歳前後と思われる男性三人が本殿に向かって楽しそうに歌っているではないか!
台湾・日本の旧兵士の間で今も交流が続いていると言う話は耳にしたことはあるが、台湾の人が現実に戦中・戦後を懐かしんで日本の歌(演歌・軍歌・唱歌・・・)を歌っている姿を目にしたのは始めてである。
「ちょっと挨拶を」と声をかけたら「一緒に歌いましょう!」と誘われて「同期の桜」を熱唱した。
こんなことってあっていいのだろうか???
うれしさ半分、申し訳なさ半分と複雑な思いをした。
彼らは本当に日本に好意を持ってくれており、日本の各地を旅して楽しんでいるとのこと。 三年前にいただいた震災へのお見舞いへのお礼を述べずには居られなかった。

その後、お嫁さんと落ち合って昔ながらの市場や街並みを案内してもらい、奥殿は又もや何やらをゲットしていた。
昼食を済ませて小生は単独行動に切り替えて、またまた昔懐かしいところ(飲み歩いた街・総統府など)を2時間近く徒歩で巡った。これで思い残すことはない。

夜は「最後の夜」と言う事で鍋料理の接待を受けた。 孫君・孫姫にはちょっと可哀そうな気がしたが、我々にとっては感激の晩餐であった。

明日は昼前に家を出て空港に向かい、8泊9日の「感動の台湾旅行」を締めくくることになる

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2014年10月21日 (火)

残り僅か

いよいよ台湾観光も明日が最終日。
見残し箇所を潰すのに大忙しである。

9時過ぎに家を出て台北市内南部を目指した。
①国父記念館 ②台北101(超高層ビル) ③四四南村 ④青田街 ⑤淡水(夕日) と巡って午後7時半に家に辿り着いた。

③四四南村は台北101に程近く、古い台湾の家が保存されている地区である。結婚写真なのかグラビア撮影なのか、炎天下でカップルの撮影が行われていた。東南アジアではよく見る光景である。
④青田街(青田七六)は、日本統治時代の日本人街で、瓦葺の屋敷が集まっていた。
現地の人が随分見物に来ていた。
⑤淡水は昨日も行ったが夕日まで待ちきれず退散したので、日没の時刻に合わせて町からの帰りに再度足を延ばした。
淡水川の河口に沈む夕日は見ごたえがあった。平日にも係わらず物凄い人が夕涼みに来ていたのには驚いた。

最終日の明日は欲張らず、近くの見残し箇所を一つ二つ潰して体力回復に努めよう(と思っている)。

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2014年10月20日 (月)

淡水探索

今日はとにかく暑かった。
高気圧の中心にすっぽり入ったのか、無風快晴で30度を越す日差しが一日中身を焦がした。
10時前に家を出て台湾の北の端に当たる淡水に向かった。
「北の端の漁師町」程度との予想に反して大きな町で、平日にも係わらずすごい人出で賑わっていた。
淡水川の渡しで対岸の八里まで足を延ばした。
対岸から見る淡水の町は、ビルやマンションが立ち並びまるで「ミニ香港」の様相を呈している。
淡水老街沿いには、スペイン・オランダ・イギリス・日本にかかわりを持つ歴史的建造物などもあり、小生の浅はかさを露呈してしまった。

猛暑の中をのらりくらりと歩き回って疲れ果て、3時ごろに淡水に別れを告げて台北中心部に出て、みやげ物の追加購入に付き合って5時半頃に家にたどり着いた。
あと3日の滞在よていであるが、そろそろ疲れもピークを迎えそうだ。
でも、まだ見たいところは残っているのでガンバルゾ~。

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荷物持ち

息子家族はテニスの予定が入っているとのことで、我々は10時前からお土産の調達と昔懐かし町の中心部の見物に出かけた。
以前赴任から帰国するときに泊まった圓山飯店に寄って、ラウンジでコーヒーを飲んでゆっくり一休みしてから町へと繰り出した。
奥方は息子のお嫁さんから教えてもらったお店を巡り、お土産だけでなく自分のほしいものも数点ゲットして満足顔。
そのほか教えてもらったおいしい食堂やマンゴーかき氷の店にも寄って午後3時過ぎには疲れ果てて家に戻った。(荷物持ちも結構大変だ)

4時ごろにはテニス組みも帰宅し、一休みして近年トレンドとなっている「お茶の里猫空」に案内してもらった。
4kmもあるゴンドラに乗って山また山を越えた奥地にある村で、中国茶とお茶を使った料理を賞味できるところである。
台北の夜景を見ながら中国茶と料理を満喫して家路に着いた。
夜も遅くなったので、孫君・孫姫はヨレヨレ。
明日は幼稚園も学校も会社あると言うのに気の毒なことをした。

明日からは、基本的に我々夫婦だけでの行動に心がけて、宿の提供だけ協力してもう様に努めたいと思っている。

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2014年10月18日 (土)

古い町並みに感激

朝6時に近くの公園に出かけ、昨日友達になった老人グループと朝の運動をしてきた。
日本統治時代に日本語教育を受けたという85歳のご婦人が親切に対応してくれて恐縮した。

10時過ぎに家を出て、40年前に通勤した会社の場所を訪れたが、建物の形状は全く昔のままだったのには驚きと感激を覚えた。お世辞にも綺麗とは言えない四階建ての本社ビルは、テナントこそ変われ以前のまま。(今は新興オフィス街の立派なビルへ移転している)
場所は総督府の近くで「城市地区」といわれるかつての台北の中心地である。
辺り一帯は数軒の新しいビルが建っているものの、まるで40年間時間が止まっていたかのような佇まいである。会社をサボってよく通った喫茶店もそのまま残っていた。

そこから程近い「台北の原宿」といわれる西門町を見て回り、台湾一の寺院「龍山寺」へと回った。
屋根の装飾や柱の彫刻は見事なもので、熱心な信者が真剣にお祈りを奉げていた。

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今日は台北の街中の「古い部分」を目にして、若かりし日の生活を思い起こした次第である。

充実・満足の一日

① 早朝の散歩で近くの公園で太極拳をしていると友達になれ、明日から仲間に入れてもらえることになった。
② 午前中に故宮博物院ですばらしい宝物を鑑賞した。
③ 40年前に住んでいたマンションを見に行った。(周りの環境はすっかり変わっていたが、マンションは昔とひとつも変わっていなかった。)
④ 今回の旅の第一目的だった「黄昏の九分」を堪能した。
⑤ 色んな台湾料理を食べたが、どれも口に合いうまかった。(40年振りの牛肉麺はサイコー)

明日も楽しみだ、

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2014年10月16日 (木)

陶器の町鶯歌

台北西南部の町鶯歌へ列車で案内してもらった。 ここは古くから陶器の町として栄えたところらしい。 メインストリートには多くの店が軒を並べ、競い合っている。

奥方たちは次から次へと店に入り、品定めに余念がない。値札を見ては日本円に換算してしきりに悩みぬいていた。 小生は時折店に入り、昔とった杵柄で値引き交渉に参加。 さすが「半値商品」を値切る勇気は出かったが、数点は交渉に成功した。

奥方たちは満足げな面持ちで家路に着いた。 本日の戦利品は写真のとおり。 (旅の初日からこれでは先が思いやられる)

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2014年10月15日 (水)

とーちゃこ~~~

朝7時に家を出て羽田へ。
11時に羽田空港に着いて空港内をゆっくり見て周り、昼食を済ませて13時20分定刻に雨の空港を離陸。
3時間半の空の旅を満喫して台北(松山空港)に到着。
「新米」を土産に持ってきたので検疫手続きに手間取ったが無事台湾入国を果たす。

夜は孫君一家の歓待を受けて絶品の台湾料理に舌鼓。
「こいつあーハナから縁起が良いワイ}
明日からの「台湾満喫の旅」が楽しみだ。

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2014年10月14日 (火)

ヤレヤレ、ホッとした

台風19号は朝早く三陸沖に抜けてくれた。

明日から台湾旅行に出かけるので、ここ数日は台風の足取りが大いに気になっていた。
まだ風はやや強いものの、すっかり青空が広がっている。
台湾の天気もしばらくは良さそうなので安心して出掛けられる。
10か月ぶりに孫君たちと会えるのが楽しみだ。

40年ぶりに「昔過ごした地」を巡ったり、ガイドブックやYoutubeで見つけた観光地にも行ってみたい。

帰国の日に、次の台風に出会わないことを祈るのみ。

2014年10月 9日 (木)

天体ショー

昨日は雲一つない秋晴れの一日で、夜には皆既月食が完璧に見られた。
天体写真にはあまり挑戦したことがなかったが、今回ばかりは「どこまでできるか」と、前の公園にカメラを据えて月の変化を追いかけた。

① 顔を見せた満月
② 左下から欠け始める
③ すっかり隠れたが、てっぺんには明るさが残る

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2014年10月 3日 (金)

紅葉始まる

今年も残すところ3か月を切ってしまった。
山からは紅葉の便りが届いているが我が家の周りでも木々が色づき始めた。
このところ秋晴れの日が多く空気も乾ききっていたが、昨夜の雨で少し土も木も一息ついているようだ。
これから秋の行楽シーズンを迎え、今週末にはあちこちで「芋煮会」で賑わう事だろう。
気候が良くなると「車旅虫」がうずき始める。
中旬には台湾旅行の計画があるのでその準備もしなければならず、近場でささやかに楽しむこととしよう。

台湾から戻ったらすぐに写真クラブの1泊撮影会が控えており、月の後半は忙しくなりそうだ。

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