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2014年3月29日 (土)

ネットテレビで節約

消費税アップ、年金減、保険料値上げ、高速道路料金値上げ・・・・。
年金生活者イジメはとどまるところを知らない。
自衛の策を色々考えなくては・・と思案の末、ネットテレビを活用して節約をすることにした。

小生はプロ野球「楽天」の熱烈ファンである。
10年前の創設以来、地元球団として応援を続けている。
出来れば全試合ゲームセットまで見たいと思い、スカパーの「プロ野球セット」を契約して楽しんできた。月額で4,000円余の料金がかかる。
今年のシーズンも開幕したのでネット放送の「パリーグTV」を検討しようと、開幕3試合無料視聴を試してみた。
PC、タブレット、スマホで見ることができ、月額1,500円余の料金である。 PCをTVに繋げばTV画面で見ることもできる。(画質は余り良くないが、見るに堪えないと言うほどではない。)
最大の魅力は、PCやタブレットを持ち出せば旅先でも自由に見られることである。
要は楽天の試合さへ見れればよいわけで、「パリーグTV」で十分である。

と言う事でスカパーを解約することにした。
月に3,000円近く節約でき、旅先での楽しみも増えるという「一挙両得の策」が見つかった。

あまり惨めな思いをしながらの節約は辛いものがあるが、他にも何か良策はないものかと思案するこの頃である。
名案をお持ちの方、ご教示賜りたく。

2014年3月28日 (金)

転籍について

小生の本籍は、親の代からの大阪市に置いてきた。
就職して大阪を離れてからは現役の最後の6年間を除いて大阪には居を構えたことがない。
結婚して自分の戸籍が作られた時も、本籍はそのままにしてきた。
定年を迎えて仙台に戻った後、一々郵便で戸籍謄本を取り寄せるのも面倒だと言う事で一度転籍の手続きに取掛かろうと謄本を取り寄せたが、手続き完了までには至っていなかった。

今後のことを考えて、今回思い切って(?)本籍を仙台の現住所に移した。

今まで「俺は大阪人だ!」と心のどかで思っていたが、転籍を済ませた今は「あ~~~、俺も大阪人で無くなったのか~~、いよいよ東北人になったのか~~」という不思議な思いに襲われている。
これって何なんだろうか???
妻に言わせれば、男というものはどうやらそう言う人種に写っているらしい。(義父も80歳を過ぎるまで転籍にこだわったらしい)
我々世代くらい(?)は、「本籍は自分の根っこであり、そうそう移すものではない」と思うとともに、本籍にプライドを持っている気がする。
妻は、「私なんか結婚した時にパッと捨てたわよ」とのたまう。
息子たちも結婚と共に、当時の住所をさっさと本籍にし、転居と共に移しているようである。

「本籍」にこだわりを持つのは小生だけだろうか?
みなさん、どうですか?

現実問題として「本籍」が物を言うのはどういう時なのかと考えると、あまり意味がないように思えてくる。
パスポートにしても「日本国民」であることを証するだけで、国籍ですべてを賄えないものだろうか?
(国籍を証明するには「本籍」が要る???  外国ではどうしているのだろうか???)

2014年3月20日 (木)

ヤッパリそうだったか

数週間前に取引口座のある某大手都市銀行から「本人認証確認」というタイトルのメールが届いた。 本文には何も書かれておらず、添付ファイルのみのメールだった。
何となく「怪しいのでは?」と思い、ファイルを開かずにそのまま削除した。

今日、また同じメールが届いた。
重要情報ならば、取引先に文書等で郵送されるのが常ではないかと思い、確認のため銀行に電話を入れた。
案の定、銀行には同様の電話が入っているようで、いわゆるフィッシングメールであることが判明した。
銀行のアドバイスもあり、今回も添付ファイルを開かず削除した。

全く油断ならない。

類似メールを受け取られた場合は、直ちに銀行などに直接確認されることをお勧めする。

2014年3月17日 (月)

3泊4日の旅終了

那須高原SAはトラックの騒音も大したことなく、ゆっくり眠ることができた。 9時に出発してノンストップで走り、11時には宮城インターに到着。 途中で買い物をしてお昼には帰宅した。 快晴で暖かく、荷物を下して洗車を先に済ませてゆっくり昼食を摂った。 今回は連日快晴で暖かく、行き当たりばったりののんびり旅行を楽しめた。 夜は放射冷却で結構冷え込んだが、小型ストーブの活躍で何とか快適に過ごすことができた。 これからはGWの佐渡島ドライブに向けて計画を練る予定である。

2014年3月16日 (日)

初夏の陽気

「道の駅しもつけ」は大失敗。(そう言えば前回泊まった時も苦い経験をしたことを思い出した。) 駅の業務終了後、6時過ぎから立派なスポーツカーが次々と入場してきた。 一昔前の「暴走族」とは違い、フツーのヤサオトコ達の集まりで大声で騒いだり、車で走り回ったりはしないが、独特の重低音の空ぶかしが12時近くまでうるさくて寝付けない。 一人の若者と会話をしたが、実に穏やかで「ワル」とは思えない。休みの日にはどこからともなく車が集まって、たわいない会話を楽しみ、自分のクルマのエンジン音を自慢しあっているようだ。 今日は、1年半前に訪れた真壁町を再訪した。 震災の傷跡は消え去らず、屋根や壁にブルーシートを掛けた家が散見された。なかなかここまでは人足・職人が回って来ていないようだ。 真壁から筑波山に向かって走り、梅園を散策した。山麓から山に向かおうとしたら、登り口からびっしりと渋滞。普段なら10分ほどで梅林に着けるところを小一時間かかってやっとたどり着いた。 梅は見ごろで大勢の見物客が出ていたが、水戸の偕楽園よりははるかに少ないのではないかと想像する。 初夏の陽気の陽射しと花粉とホコリのせいで目がショボショボし、夜道を仙台まで走る自信がないので、那須板室温泉で体を休め、東北道那須サービスエリアで車中泊を決め込んだ。 これで明日仙台で下りても「休日割引」が適用される。(セコイ計算) ところで、4月からの割引制度はどうなるのだろうか??? 正式発表はあったのだろうか???

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2014年3月15日 (土)

川越と館林

雲一つなく初夏を思わせる天候。

宇都宮から高速道に乗り、羽生PAで休憩して久喜から川越に向かった。
土曜日とあって10時過ぎにはかなりの人出があった。
趣のある街並みを堪能したが、蔵の街通りは車の通行量が多く、のんびりと見て回ると言う訳にはいかないのが残念だ。

館林では分福茶釜の茂林寺に寄った。
お狸さんがたくさん居て面白かった。お寺の建物は風格があり感動を覚えた。

今宵は「道の駅しもつけ」で泊まり、明日は寄り道しながら筑波山方面に行く予定である。
時間次第で、どこかでもう一泊と言う事になるかも知れない。

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2014年3月14日 (金)

思い立って旅に出る

週末の天気予報が「好ましき状態」だったので、思い立って旅に出た。
奥方が「もう一度『小江戸川越』をゆっくり歩きたい」と言うので、まずはホームセンターでハクのシャンプーをして11時ごろに仙台を発って南下。
市の中心部を避けて福島県境まで高速道路を走り、あとは国道4号線をのんびりドライブ。夕方6時前に「道の駅うつのみやロマンチック村」ニ到着した。
ここは3度目の宿泊になる。すぐ近くに立派な温泉施設もあり、トラックの騒音に悩まされる心配もないお気に入りの駅である。
日中ハ曇りがちで風が強かったが、今は風も収まり空には煌々と月が輝いている。
今夜は冷え込むかもしれないが、明日からは気温も上がり絶好の行楽日和となることだろう。

これといった当てもないが、北関東の街を巡り、筑波か水戸の梅林で春を感じて帰る予定である。

2014年3月11日 (火)

区切り

あれから三年目の14時46分は静かに過ぎた。
今日は「その時」をスポーツクラブのヨガレッスンの最中に迎えた。
全員で1分間の「瞑想」の時間を持った。
あぐらを組んで目をつむり胸元で合掌。

その間、取沙汰されている「東南海トラフ」が暴れるのではないかという不安を感じながら、3年前に太極拳の最中に発生した強烈な揺れや、とるものもとりあえず外に飛び出して、雪の舞う駐車場で肩を寄せ合いながら鎮静するのを祈っていたことが鮮明に思い出され、とても「瞑想」どころでは無かった。

TVは震災特集番組で占領されている。
瓦礫が無くなったことの他は、実質的な復旧・復興は遅々として進んでいないことを改めて実感する。
今日を一つの区切りとして、被災者の暮らしに明るさの見える日が一日も早く訪れることを祈らざるを得ない。

午前中、眼科へ行って術後2週間目の診察を受けた。 経過は順調で、次は1か月後に診察を受けることになった。
こちらも今日で一区切り。

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