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2012年3月31日 (土)

嵐が去って

夕べは車が強風に煽られて何度も「地震か?」と目が覚めて熟睡ままならず。

 今日の午前中は台風並みの強風が吹いて砂埃を舞い上げ車も体も埃っぽく目は埃でコロコロ状態。関東各地で風の被害も出たようだ。
 昼に海老名サービスエリアで休憩していたら大雨も降り出し台風並みの大荒れになった。
危険を避けつつ車の中で昼食、昼寝、パソコン仕事をして3時間あまり過ごした。 幸い雨風が弱まったので3時過ぎに出発して富士川サービスエリアまで走った。

富士川に着いたときは天気もすっかり回復し、綺麗な富士山が出迎えてくれた。 桜も2~3分咲きでやっと春を感じることができた。

明日からは当てのないドライブを重ねて春探しを楽しみたい。

写真①朝の友部サービスエリア ②嵐の後の富士 ③初桜

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2012年3月30日 (金)

空気が暖かい

今日は全国的に気温が上がったようだ。

午後2時過ぎに我が家を出て東北道あだたらサービスエリアと常磐道中郷サービスエリアで休憩し、水戸インターで降りてインター近くの入浴施設(健康増進センター)でゆっくりと一風呂浴びた。高速に戻り、午後8時に友部サービスエリアで一夜を過ごすことにした。

空気は全然冷たさを感じず快適な夜を過ごせそうである。
ここはきれいで設備も充実して最高の宿泊地(?)といえる。

明日は天気次第だが、できるだけ先を急いで西に向かう積もり。

今日からプロ野球も開幕した。
楽天は田中で万全を期したが惨敗。
予想はしていたが前途多難な一年になりそうだ。

今度こそ!

やっと春めいてきたようだ。

3月初めの車旅は寒くて天気も悪く途中断念となったが、もうそろそろ大丈夫だろう。

明日はまた大荒れの予報が出ているが来週は桜前線も本格的に活動を始めそうである。

今日の午後から南下・西進し、明後日(4月1日・日曜日)には浜松辺りまで行く予定。
その後花見をしながら東海道を東に向かい、週末には帰宅の予定である。

行く先々で土地の情報を得ながら、のんびりと「新しい発見」に出会いながらの旅をしたいと思っている。

東海地方は初めての土地なので「是非ここに!」と言った目的地はない。
「お薦め」のところがあれば是非情報をいただければ幸いです。

2012年3月27日 (火)

しびれが切れた

春はそこまで来ていると思うのだが中々気配を感じられない。
さすがに氷点下の寒さからは解放されているが、晴れて少し暖かくなるのかのか思った矢先に吹雪のような雪が舞う。
せっかく洗車してもすぐに元の木阿弥に。

ついにしびれを切らせて今週末から春を迎えに浜松辺りまで出かけようと思っている。
東北の高速道路無料措置も今月末で終了する。最後のチャンスを活用させてもらうことにする。

来週あたりには東海地方では桜も咲き始めているのだろうか?期待外れにならないことを願う。

2012年3月21日 (水)

復興元年、気仙沼の現状

彼岸の中日の昨日、震災後初めて気仙沼に出かけた。
最近のTV報道などで「復興」に向けて頑張る地元の人の姿を見ていたので、励ましと現状見分を兼ねて車を走らせた。

「復興市場」「復興屋台村」「離島と結ぶフェリー」など明るさを感じる部分も確かにあるが、全体としてはいまだに惨憺たる光景があたり一面に広がっていた。

そう簡単に「復興」は望めそうにないが、民間レベルでの支援には限界もあり、国を挙げての復興作業にスピードを以て取り組むことの必要性を実感した。

http://www.digibook.net/d/e145e953b19fae08a2a6b1b4a7dd3c55/?viewerMode=fullWindow

2012年3月17日 (土)

取り残された被災地

妻の支援活動の下見に東松島市の被災地を視察した。
野蒜地区はTVで見る他の地域に比べて復旧のテンポがずいぶん遅く思われた。 がれきは片付けられているものの、被災直後の姿のままの家が散見された。
隣の島の漁村は半島や島々に守られたらしく、大津波の直撃を避けられたため、岸壁や道路の崩れを除いては一見元通りのようにさへ見えた。

被災地の現状にはずいぶん差があることを認識した。

これからしばらく時間をかけて被災地めぐりをしようと思っている。

今日の状況をデジブックで紹介します。

http://www.digibook.net/d/ab5587f7a19e8449be033b0077dc7c11/?viewerMode=fullWindow&isAlreadyLimitAlert=true

2012年3月16日 (金)

光陰矢の如し

今日は市内の小学校で卒業式が行われた。

8年前に近くに引っ越してきた三兄弟の次男君が卒業式を迎えた。
8年前は小生が「サンデー毎日」の生活に入ってまもない頃で、三兄弟がよく我が家に遊びに来ていた。
当時は孫もなく、実の孫と見紛う程仲良くしてくれて我が家の寂れた生活に大いなるうるおいを与えてくれた。

次男くんとは幼稚園入園前からの付き合いである。
まさに光陰矢のごとしである。

その彼が卒業式の帰りに我が家に卒業証書を持って立ち寄ってくれた。
実に爽やかで清々しく輝く姿に感無量である。
いつも成長の跡は目にしてきていたものの、今日の彼はひと味もふた味も違っていたように思う。

これからも三兄弟からは大いにパワーをもらいたいと思っている。

写真①8年前の我が家にて ②③今日の姿

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2012年3月14日 (水)

特番の見過ぎか?

今日は日差しも強く日中は結構暖かかった。
根雪になっていた庭の片隅の雪もやっと消えて春到来も現実味を帯びてきた。
とは言え、夕方からは空気が急に冷たさを増しこの先が思いやられる。

昨夜は思いがけない夢を見た。
津波にのみこまれ瓦礫につかまってアップアップしているところに生後間もない赤ん坊が流れてきた。必死で小脇に抱えて漂っている内にとある避難所に漂着した。「赤ちゃんがいま~す! お乳の出る人はいませんか~~!・・・」と叫んだところで目が覚めた。

最近「震災特番」ばかり見ていたせいだろうか?

つい先ほども三陸沖で地震があり津波情報がTVに流れた。
「悪夢よさらば!」と行きたいところである。

2012年3月11日 (日)

何事もなく過ぎた

午後2時46分、何事もなく過ぎた。 安堵。

午後からなんとなく落ち着かず家に居る気がせず買い物に出かけた。
その瞬間に建物の中にいる気になれず、車に戻って追悼番組に見入った。 療養中の陛下のお言葉には胸を打つものがあった。

家に戻ってからはTVの特別番組を見ながら過ごしている。 未公開映像や逸話に接し、時に涙し、鼻をすすりながらこの一年を振り返っている。 米軍海兵隊の「ともだち作戦」の実態も初めて目にした。

信じがたい苦境に立たされた人、無条件に必死で救援の手を差し伸べる人、それに心から「ありがとう」と涙ながらに感謝の言葉を返す被災者。どれも心を打つ。

自身、これと言った被害も受けずに呑気に今日を迎えているが、番組を見るにつれて反省しきりである。せめてこれからの生き方を少し考え直さねばと思っている。

今朝の放送で心に留まった内容を一つ紹介しよう。
ある被災地の瓦礫を前に叫ばれた被災民(婦人)の言葉である。
「口先だけの”絆”はもういらない! 口に出すなら何でこの瓦礫を引き受けてくれないのか!」

改めてこの震災を国民すべてが我がこととして見つめなおす一日となることを切望する。

2012年3月10日 (土)

鎮魂花火大会

震災一周年前夜、仙台市郊外の泉ヶ岳スキー場で「鎮魂花火」が打ち上げられた。

震災ボランティアとして大活躍してくれた「スコップ団」が企画・実行したものだ。糸井重里氏もバックアップしてくれた。

会場は招待被災者優先で一般人は立ち入り禁止とあって我が家の近くの見通しのきくところから遠見の見物となった。
遥かに遠く、小雨模様で雲が垂れ込めていて多分見えないだろうと諦め半分でカメラ持参で出かけたが、時折雲間から拝むことができた。

いまだに行方不明の方が多く居られる。
亡き人びとの霊よ安らかなれ!!!

400ミリ(35ミリ換算600ミリ)の望遠レンズで撮影を試みた。視力減退のせいか中々ピントが合わない。

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ついに一年を過ぎようとしている

TVでは震災特番目白押し。
今日もあの日と同じように寒く小雪が舞っている。
今日も3度ほど小さな揺れを感じている。
悪夢の再現が無いことを祈る。

今夜は近くのスキー場で「スコップ団」主催の鎮魂花火があげられるとか。二万発と言うから相当なものである。寄付金もずいぶん集まったようだ。
沿岸部被災者や遺族・避難住民を会場近くに招待するとのことで、一般人は入場お断り。
どこか近くの高台から見物しながら鎮魂の念を捧げたいと思う。

2012年3月 9日 (金)

雪の撮影会

ことのほか雪の多かったこの冬、山形県へクラブ撮影会で出かけた。

「春を待つ茅葺の里と大正ロマン漂う銀山温泉夕景の撮影」が今回のテーマ。

さすが山形は宮城とは比べ物にならない積雪だった。
山間の集落は背丈を超える雪に覆われていた。
何度か訪れた所だがこれほどの雪は初めてだ。

銀座温泉は何度訪れても風情があってよい。
街路灯の点灯は午後5時過ぎなので、それまで2時間あまり適当にシャッターを切ったり喫茶店で体を温めたりして過ごした。
点灯後、一気にシャッターを切って6時前に現地を出発、9時ごろ帰宅した。

明日から写真の整理に忙しくなる。

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2012年3月 8日 (木)

今年初の車中泊

車中泊シーズン開始を前に試験的に車中泊をした。
もともとは4日から房総を巡る予定だったが、天候に恵まれず一旦帰宅を余儀なくされていた。
天候の回復を待って、7日から一泊でかねてから妻が希望していた益子焼の町を訪れた。
益子の道路沿いには予想以上に多くの窯元や販売店が軒を連ねていた。

車中泊地としては温泉付きの「道の駅はが」を予定していたが、当日は駅・温泉とも休業日とかで場所変えをすることにし、「道の駅かつら」の近くで「温泉博士」で無料入浴できるところを見つけて向かったら、なんと「機器点検のため9日まで休業中」(ガックリ)。

「風呂に入れないのなら」と、常磐道の綺麗な「友部サービスエリア」に泊まることとした。

とりあえず今回は少し模様替えした車の寝心地チェックが目的だったので、最低限の目的は達したとはいうものの、二度の挑戦ともに当て外れの旅となってしまった。

次の「春本番の旅」に期待しよう。

写真①陶芸美術館 ②伝統的作品 ③近代的店舗

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2012年3月 6日 (火)

もうひと辛抱

天候の回復が見込めず房総の旅を諦めて昨日10時過ぎに雨の千葉を発った。
一昨年も同じだったことを思い出した。

途中のサービスエリアで道路情報をチェックしたら磐越道小野から東北道仙台宮城まで通行止めになっていた。
福島中通・宮城では湿った雪が相当積もったらしい。除雪作業中とのことだったので時間稼ぎに昼食を兼ねて2時間ほどSAでゆっくり休憩してから北上を再開した。
気温も上がり雨も本降りで順調に道路状況は改善され、雪に悩まされることなく午後7時前に無事帰宅した。

留守にしていたため我が家の周りはベトベト雪で大変な状況になっていた。とりあえず足元だけ雪をのけて主な荷物だけ家に運び込んだ。

仙台の町なかで17センチの積雪があったということなので、郊外の我が家辺りでは多分30センチは積もったのではなかろうか。
気温上昇と雨で雪解けは早く、今日は10度を超えるようなので間もなく姿を消すことだろう。

このまますんなりと春に一直線とはいかないだろうが、もう雪は御免こうむりたい。

2012年3月 4日 (日)

旅は諦めた

関東も仙台に負けず劣らずの寒さである。
今日は何とか夜まで雨は降り始めなかったが、どんよりとして底冷えのする一日だった。

今日の午後から房総巡りを予定していたが、明日・明後日は本格的な雨模様で出かける気にもなれず、もう一日孫君・孫姫と過ごす事にした。
天気も思わしくなかったので、数時間おもちゃ屋さんで過ごして家に戻って子守に徹することになった。

そんな訳で房総めぐりは諦めて、明日の午前中に帰宅の途につくこととする。
北上するにつれて雪に遭遇するのではと思うと気がめいる。成り行き任せであせらず帰ることとしよう。

2012年3月 3日 (土)

何度目の雪かき?

予報の通り昨日の昼過ぎから降り出した霙が雪に変わり、今日の未明まで降り続いた。

湿った雪がどっさり積もってガックリである。
この冬何度目の雪かきだろう?

今日から千葉の孫君たちを訪問し、そのあと房総半島車中泊の旅を予定している。
この後も週明けまで天気も思わしくないようなので中止にもしたいところであるが、遅くなれば孫姫の雛飾りも片づけられてしまうだろうし、孫君・孫姫はジジ・ババと会うのを楽しみにしてくれているらしいのでそういう訳にもいかない。

とにかく出かけて、あとはお天気と相談しながら・・・と言うことにしよう。

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