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2011年3月30日 (水)

応援隊(救援隊)に感謝!

ライフラインの内ガスの回復が遅れている。
沿岸部を除き着実に回復しつつはあるが、開栓前のガス漏れチェックと補修工事に思いのほか時間がかかって居るように思う。
我が家の近くでも工事が始まっている。
工事に取り組んでいるのは「大阪市ガス局」の応援隊である。車のナンバーは確かに「大阪」となっており、小型ブルドーザーや産廃運搬車等も大阪から運ばれてきている。作業員も「大阪弁」で頑張ってくれている。
小生は大阪出身なので殊更に感謝の気持ちも大きくなる。ほんの気持ちとして感謝の言葉に水とお菓子を添えて差し入れた。

ガソリンも満タンで、定期点検とタイヤ交換も済ませたので、午後から久しぶりに温泉入浴に山形へ行った。およそ3週間ぶりにゆっくりとお湯に浸かって思いっきり全身を洗い、生き返ったようにスッキリ出来た。

宮城・山形県境の峠道で、何台もの自衛隊の車とすれ違った。
装甲車のような不気味な車体も、この時ばかりは何とも頼もしく思え、思わず感謝の敬礼をしてしまった。

「復旧が遅い!」「なんで○○地区が先で、この辺は後回しなのか・・?」等々つい文句を言いたくなる時もあるが、遥か遠くからの応援(救援)隊の方々を始め大勢の人々に復興に向けて日夜奮闘して頂いている事を思えば、「感謝」の一言に尽きる。

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2011年3月29日 (火)

日常を取り戻す為に

このところ天気も良く日中は暖かい。

昨日の夕方、いつも利用しているガソリンスタンドに寄って「明日も営業しますか?」と聞いたら「9時半から500台限定で販売します」との事だった。
早朝の行列も少しずつ短くなっているらしいので、今朝目覚めと共に行列に向かった。余り長かったら諦めようと思いつつ6時過ぎに出かけたが、思いのほか車が少なく6~70番目。我が家から徒歩15分位の所だったので、そこに車を止めて一旦帰宅し9時過ぎに車に戻った。
かくして2台目(小生使用車)も満タンに出来た。何とも豊かな気分になった。

帰宅後洗車し、明日の1ヶ月点検とタイヤ交換の予約を入れた。

午後は自室の掃除もした。 パソコンと周辺機器も元の位置に収まった。

次第に元の日常が戻りつつある。

2011年3月27日 (日)

ガソリン ゲット!

昨夜7時に車列に並べ、今朝9時半からの給油開始に備えた。
朝食を済ませて車に向かい、10時にはガソリンと灯油をゲットした。 なんだか急にリッチな気分になった。

明日も販売予定との事なので、今夜2台目も並ぼうかと思っている。(2~3日内には並ぶ必要もなくなるような気もするが…)

やっぱり「新車」を一晩道端に放置するのはヤバそうなので ”や~め~た”。

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2011年3月26日 (土)

震災3週間を経て

明日朝からいつも利用しているガソリンスタンドが営業するとの情報を得、夕食後行列にクルマ1台を並べて来た。9時半オープンなので9時前にはクルマの所に出向き、ガソリンを入れてくる。
これで安心して出かけられる。

震災後3週間の様子をデジブックにしました。
ご覧ください。


http://www.digibook.net/d/c195efbf811c98593147ab22..

2011年3月25日 (金)

地震被災地から放射能被災地への救援物資

関東地方で野菜や水道水からの放射能検出が相次ぎ、乳幼児を抱えた家庭に限らずとりわけ水への不安が高まっている模様。
1歳未満の幼児に対して自治体からペットボトルの水が配られているとか。
スーパーやコンビニからはペットボトルの水が消えたらしい。

千葉に住む我が家の下の孫は1歳3ヶ月。孫二人とも水の配布対象から外れている。「12ヶ月は危ないが、13ヶ月は大丈夫」と言われても・・・。

仙台では水道の復旧と共にスーパーなどの水の購入制限もなく箱単位で自由に買えたので、こちらで調達して送ってやろうとスーパーへ行ったら、今日は日本製の水がどこにも無くなっていた。同じ思いの人が多いらしい。
夕方に、我が家で備蓄していた日本の水と今日調達した米国製の水をクロネコヤマトに持ちこんで発送した。通常翌日には配達されるが「一応一週間程度見ておいて下さい」との事であった。

千葉の家の備蓄も少なくなっているらしいので早く届いてくれる事を願っている。

2011年3月24日 (木)

二週間が経って

震災以来二週間が過ぎて我が家周辺では可なり生活環境が回復して来たが、津波被災地はいまだに大変な状況にあるようだ。

妻が今日、所属する団体のメンバーのお見舞いに石巻に出かけて来た。町の様子を何枚か写真に撮って来た。
がれきの整理にどれだけの期間が掛かるのだろうか・・・。

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2011年3月21日 (月)

近隣の現状

津波災害を受けなかった地域では、少しずつ落ち着きを取り戻してきているようだ。

地震の翌日最初に店を開けたのはコンビ二だった。
散乱した商品をとりあえず片付けて、販売できそうな品を集めて店先で在庫限りでの販売がされた。
2~3日してポツポツとスーパーが店先販売を始めた。
1週間経って一部の大手スーパーも限られたスペースで販売を始めた。

いずれも在庫品の販売で一人(または一家族)あたり個数制限つき、売り切れ御免である。朝早くから大勢が長蛇の列を作っている。

どこの店先にも整然とした行列が出来、店員の案内に素直に従って混乱することなく商品を購入している。

決して十分な買い物が出来るわけではないが、何でも手に入るだけありがたい。殆どの人が代金を払いながら「(売ってくれて)ありがとね」と感謝の言葉を述べている。
こうした気持ちは何時までも持ち続けたいものである。

津波被災者には申し訳ないが、我々は少しずつ正常化の途を歩み始めている。

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2011年3月19日 (土)

水が出ました~~~!

今朝起きたら水が出て「やれやれ」と思ったらまもなくストップ。 ガックリ。
「通水テストでもしたのだろうから今日中には・・・」と思いながらも、市のホームページでは当地域の開通予定は3月31日と出ていたので午後一で近くで水の出ているお店にもらいに行った。

出かけたついでの用事を済ませて帰宅したら通水していた。水の出に勢いは無いものの、夜になってもそれなりに出ているので、もう大丈夫だろう。
と思ったら、また今余震があった。ッタクー、油断ならない。

早くガソリンが潤沢になり、車中泊をしながら温泉巡りの出来る日が来て欲しい。

2011年3月18日 (金)

み~ずよこい、は~やくこい!

丸一週間が過ぎた。
良くぞここまで頑張った。

水とガスの無い生活は大変とは言え、工夫を重ねて当面そこそこリッチ(?)な生活を送っている。
海沿いの被災地や避難所暮らしの方々のことを思うと申し訳なく思う。

今朝から天気も良く、朝のうちに中学校へ水汲みに行き、その後近所のスーパーに並んでハクの餌を調達した。

「水はどこまで来ているか?」とあたりを徘徊していたら隣町では既に出ている所があった。

水の出た通り沿いの「お好み焼き屋」の店先で「限りはありますが、どうぞ」と通りがかりの人に無料で配ってくれていた。小生も一個頂く事が出来た。 お好み焼きもさることながら、その気持ちが大変うれしかった。今後ひいきにしようと思った。

ガスはまだ当分掛かるらしいが、水が待ち遠しい。

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2011年3月16日 (水)

全員の無事を確認

写真クラブの会員の安否確認をしていたが、今日の夜に最後の一人からメールが入り19人全員の無事が確認できた。
電気・電話の回復状況の差、パソコンの破損、身の回りの整理や身内の安否確認などでパソコンどころではなかった・・などの為数日の時間は掛かったが、全員無事で何よりである。

我が家では水とガスが届いていない。
水は町の中心部や一部の郊外団地で出始めているので、後暫くで通水するのではと期待を持っている。
ガスは1カ月以上かかるとの市の発表があった。

今日、町の中の知り合いの家にお邪魔して水をもらって来た。そのお宅は熱源を灯油にしておられてお風呂にも入れてもらえた。6日振りにお湯に浸かり、身も心も休まった。感謝感激である。

下水用の水は、我が家からすぐの中学校のプールから運んでいる。腕に身が入り始めてはいるが、潤沢な水を見るとなぜか心が豊かになる。

報道でも出ているが、ガソリンと灯油の不足が大問題である。早く十分に供給してほしいものである。
クルマを動かせなくなっている人が大勢いるが、我が家でも極力消費しないで長持ちさせるよう努力している。

2011年3月15日 (火)

苦しい中の嬉しい話

冷たい小雨の降る陰気な一日。
テレビでは震災と原発事故一色。
気の滅入る事この上ない・・・。

気分晴らしを兼ねて近所のスーパーへ出向いた。
5日目ともなれば目ぼしい品は売り切れていたが、おかずになりそうなものや菓子類を買った。

そんな中、嬉しい事が二つあった。

第一は、幕張の孫たちとスカイプで話をした。「おうち、だいじょうぶだった~?」「ガラスわれなかった~?」と気遣ってくれる長男4才と、訳の分らぬ事をカメラに向かって愛想よくしゃべる1歳の長女の二人の孫の顔を見て、大いに和み励まされた。

第二は、昨年秋に八幡平の撮影会で撮った写真をフォトコンテストに応募していたが、「八幡平を美しくする会」から「入賞」の通知と副賞の地場産米「淡雪こまち」6キロが届いた。
入賞発表は2月中旬だったハズで諦めていたが、突然届いた。

気分が大いに明るくなった。

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2011年3月14日 (月)

御心配をおかけしました(近況報告)

本日夕方、やっと電気がが通じました。

私も家内も愛犬ハクも至って元気です。

地震直後はDOCOMOデータ通信が利用できましたが、間もなく通信できな状況になりインターネットが使えなくなりました。

多くの方からお見舞いのメッセージを頂き心から感謝します。

極めて強い揺れが3~40分続くと言うかつて経験した事のない事態に遭遇しました。
外出先で地震に出くわし、家が心配でしたが建物には被害がなくホットしました。
家の中も食器棚やタンスは異常なく、小生の部屋がぐちゃぐちゃになった程度で不幸中の幸いでした。

水道とガスはまだですが、そこは車中泊倶楽部の会員だけに、それなりに生きる術は心得ている積りですので御心配には及ばないものとうぬぼれています。

ガソリンスタンドは長蛇の列で何ともなりませんが、幸い我が家の2台の車はほぼ満タン近い状態ですので、無駄遣いしないよう極力動かずに事態の改善を待っています。

まだ余震もあり油断はできませんが何とか頑張っております。

とりあえず近況を報告いたします。
本当にありがとうございました

2011年3月 8日 (火)

不作

今日はクラブの撮影会で樹氷の撮影に山形蔵王に出かけた。
仙台は朝から快晴で山の天気にも期待を持って車を走らせたが、峠筋に近づくにつれて雲が厚くなってきた。

ゴンドラ乗り場からは山頂付近は望めない。
「山頂は雲の上か」と淡い期待を胸にゴンドラに乗ったが標高が上がるにつれて視界は悪くなる。

山頂に着いた時は地吹雪状態でまるで霧の中。
近くの樹氷を撮影したが、一向に天候が回復しそうにないので小一時間で諦めて中腹の駅まで下りる事にした。

中腹は比較的視界良好で、やや貧相な樹氷や霧氷の撮影をしていたら青空が広がり始めた。山頂付近の雲も大分とれて時折青空の下の山頂が望める事もあった。
「今回は運がなかった」と諦めて、早めに帰路に就くこととなった。

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2011年3月 3日 (木)

来そうで来ない

2月の終わり近くに暖かな日が続いたものの、月末の28日に雪が降って以来連日「風花」の舞う日が続いて真冬が戻った感がある。
「春」は確実に近づいているとは思うが、どこで道草を食っているのやら。

来週火曜日(8日)にクラブの撮影会で山形蔵王の樹氷の撮影を予定している。
一時は気温上昇で樹氷が融け始めるのでは・・・と心配したが、この分では大丈夫そうである。 むしろ、「猛吹雪で視界ゼロ」の心配が出てきた。

お天気ばかりはどうしようもない。

今も青空で日差しはあるものの、強めの冷たい風に白いものが窓の外を飛び交っている。

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